会社案内・代表挨拶

家を建てたり、リフォームする経験は人生で何度もある話ではないため、お客さんには不透明な部分も多い世界。注文住宅・リフォームを生業とする有限会社コルモ代表の前田博次が重視するのは「顧客目線」。自身が家を建てた時に感じた不安や、施主・業者間の意識のギャップを埋め、元職人ならではの細やかな提案で、顧客の「夢」をカタチにする。そんな前田の想いを「サムライ日本プロジェクト」の安藤竜二が聞きだした。

親方不在、独学で乗り切った20代

――前田さんってもともとご実家が住宅関係のお仕事をされていたんですか?

父が前田板金という会社を創業し、雨どいや壁板金など、住宅関係の板金仕事をやっていました。私は跡を継ぐつもりもなく、19歳まで、夜間の高校に通いながら別の町工場に勤めていたんです。しかし、刈谷市から豊田市への引 越しを機に、前田板金に入社。父が豪快な人で、まだ新居が完成してないうちに、刈谷の家を引き渡してしまって。だから当面の住処は工場の一角。当然お風呂もないので、薪をくべたドラム缶風呂でしたね。

入社して最初の仕事は、親父と一緒に「我が家」を建てるところから始まりました。私は毎日文句ばかり言っていましたが、今思えばこの時に一度、家の基礎に始まり、建築の全ての流れを一通り見ることができたことは良い経験になったと思います。

――新天地でのお仕事はどんな感じだったのですか?

今までの拠点だった刈谷の工務店さんとも疎遠になってしまい、ゼロからのスタートでしたが、当時はトヨタバブルの時代だったこともあり、仕事は順調でした。住宅の他に、トヨタ系の工場の屋根や壁を直す仕事もあり、私と兄は職人になるべく現場で働きました。

しかし91年に、突然父が脳梗塞で倒れてしまい、仕事ができなくなってしまいました。さらに92年にバブルがはじけ、パタリと仕事がなくなった。跡を継ぐものと思っていた兄は、仕事がないからと辞めていってしまいました。

望んだ訳でもないのに私は22歳で前田板金の代表になってしまったのです。この時、社員は僕と友人の二人だけ。友人がやってくれるうちは責任持ってやらなきゃな、と考えていました。しかし、仕事はないので土木作業をやったり、「何か仕事ないですか?」と訪ね歩く日々。仕事をもらえたとしても、実はあまり要領が分かっていなかった。打合せに行っても「親方を連れて来い」なんて言われてしまう。親方も兄弟子もいなかった私は、とにかく周りの色んな人に尋ねたり、他の現場に行って技術を会得したりしていました。

――普通なら10年、20年と親方について修行するところを、たった2、3年で親方になっちゃったんですもんね。

「このまま板金だけでやっていけるのだろうか」、「新しいことにチャレンジしなければ」という想いは常にありましたね。25歳の時、ある建築屋さんとの出会いがあり、「これもやれるか?」と板金以外に、屋根や外回りの仕事のチャンスを下さったんです。本来、板金屋が瓦をはるなんてもってのほか。でもその時、「やってみたら、意外とやれるんじゃないか?」と思えたんですね。その時々で与えられるチャンスを貪欲に拾っていき、少しずつ仕事の幅を広げていくことができました。できる仕事が増えることで、自信にも繋がり、徐々に従業員も増えていきました。ちなみに今では兄が前田板金をやっているんですよ。

――コルモを設立したきっかけは?

元々職人から始まって・・・・

自ら客になって気づいた「顧客目線」

――会社のコンセプトはどんなものなんですか?

私は29歳の時、自宅を建てることになり、建築屋に依頼をしたのですが、その時はじめて建築屋の常識と施主の常識が違うということに、自分が施主になって初めて気が付きました。「自分ならこういう提案をするのに」と歯がゆく思うこともあり、顧客目線に立ったサービスができる会社にしたいということがありました。打合せでは、イメージはあるのにそれをうまく伝えられないお客さんもいらっしゃいますので、お客さんが「本当にやりたいこと」を引き出し、感じ取ること。その上で、それに応える提案をさせてもらうことが大切だと考えます。

もちろん予算という制限がありますので、全てが可能という訳ではありません。例えばマンションのリフォームで寝室とキッチンの両方を考えていたお客さん。当初は予算でちょうど全作業ができる計算でしたが、料理が趣味の旦那さんがすごく気に入ったキッチンを見つけたんです。キッチンは一度据えてしまうと替えられない。つまり、いつでも作業できる寝室・子供部屋は後回しにし、今回は気に入ったキッチンをぜひ入れましょう、とご提案させてもらいました。

例えばフローリングは、決められた素材から色を選ぶだけでなく、素材から選んでいただく。今後、長く住むことを考えれば多少金額がかさんでも、無垢材などいい素材をお奨めすることもあります。無垢材ならキズも「味」になりますしね。お客さんの立場になり、長い目で見て考え、夢を引き出してあげるのも我々の仕事です。

最近では子供が生まれたことを機に、親の家へ戻るというケースが増えているようで、それに伴った増築やリフォームの依頼が増えています。二世帯住宅ならではのプライバシーの配慮なども気を遣うところ。ゼロからスタートする注文住宅より、限られた環境の中で工夫が必要とされるリフォームの方が難しいのですが、その分やりがいがありますね。

――三世代が同じ家に住むというのは、本来、日本にあった風景。そこに回帰しているのは、いい流れのように思えますね。ところで前田さんの好きな言葉って何ですか?

「結果オーライ」という言葉が好きですね。これは、たまたま結果的に良くなったからOK、という意味ではなく、常に私が結果を出していくことで、過去の失敗も私の周りにいる人達も肯定されていく、という意味で使っています。あの失敗、あの出会いがあったからこそ、今結果が出せた、というように前向きに考えれば、全てが良くなる。最後に「オーライ」になるために、私はどんどん結果を出していかねばなりません(苦笑)

そして「ありがとう」という言葉。職人時代は、施主さんとは直接お話できない立場でしたから、「ありがとう」という言葉を聞くことがなかった。だからこそこの一言は私には特別な意味を持って響きます。全て作業が終了した時に言っていただける「ありがとう」は格別なものがあります。この一言をいただけるために次も頑張っていこう、という気持ちになれますね。

――元々職人であるがゆえに、今も社長でありながら、どんどん現場に出向く「現場主義」ですよね。そうやって現場を見続けて、家の本質を知っているからこその提案ができるというのは前田さんの強みですね!

お客さんの意向を理解した私自身が現場に立ち、指揮をとることは大事なことですね。同時に、監督が現場を統括して家を作るのですが、職人、つまりその道のプロの意見を聞くことで、より良い提案が出ることも多いんです。やはり「餅は餅屋」。その道のプロフェッショナルの意見は参考になりますし、そうすることで職人さんのモチベーションも上がるようです。最終的には職人さんの仕事で成り立っていますから、彼らへの敬意は忘れてはいけませんね。

――最後に今後の展開を教えてください。

家そのものだけでなく、インテリアの提案や、ロケーションを意識した家づくりにも挑戦してみたいですね。例えば山の緑、海沿い、窓から見える景色にこだわるといったこと。周辺の環境も全部取り込んで、お客さんに新しい提案ができればと思います。

お客さんとのお付き合いの中で、施工からずっと家族ぐるみのお付き合いをさせていただいている方や、親子二世代でお世話になっている方もいます。お客さんがお客さんを紹介してくれるという、ありがたいことも。そういったお客さんとの「関係」を、「家」と同時に築いていきたいですね。何より、お客さんに「やってよかった」と心から思っていただけるように、これからも頑張っていきます。

前田博次 有限会社コルモ 代表取締役

1992年、22歳にして父が創業した会社、前田板金の代表を務める。2003年、有限会社コルモを設立し、注文住宅・リフォーム業を開始。趣味はスノーボードとゴルフ、そして40歳直前にして始めたサーフィン。

会社案内

商号 有限会社コルモ
代表者 前田博次
営業所

〒465-0051

愛知県名古屋市名東区社が丘3-1512 グランフォーレ1


ワークスペース:豊田市扶桑町3-53-1

TEL 052-709-5366
FAX 052-709-5367
設立 平成15年11月19日
資本金 300万円
従業員数 4名
免許登録 建築業者登録/愛知県知事許可(般-25) 第58497号
売上高 2億円(平成25年度)
事業内容

建築工事の企画設計、監理施工に関する事業

住宅の増改築・建替え及び住宅リフォーム

上記各号に附帯する一切の事業